心も体も暖かい家づくり

家の快適さは大きさじゃない。家・家・家…そして家。頭の中は家一色。

「ある」「ない」ではない価値観~マイホーム建築~

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家づくりに限らず、何にでもそれが出来た過程を知ると大切にしたくなる。

我が家の娘もそう。
2歳のとき好きだったアンパンマン。
ママ手作りのアンパンマンバッグをお出掛けの度に、幸せそうな顔でおもちゃを詰め込み持っていく。

お店にはもっと綺麗で機能的なバッグがあるのに、今ではアンパンマンなんて一切見ないのにも関わらず…。

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ママが作ってくれた大切な宝物だからなのだろう。

家づくりにおいてもそう。
世間一般的な「いい家」という物差しではなく、何か特別な価値観があれば、より家を好きになり愛着がわく。

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そこには大きさも、シューズクローゼットも、パントリーも、床暖房も、食洗機もいらない。
「ある」のが良くて「ない」のが残念ではないのだ。



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情報に踊らされない

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本やネットにより、様々な情報が簡単に手に入る昨今。
写真越しで見ると、いわゆる「映える」ものが良いものと印象付く。
Instagram・Pinterest・ルームクリップなどがその代表的な例だ。

確かに実際に使用し、写真におさめ、投稿している人は満足しているのかもしれない。
だがしかし、自分たち家族に合うかどうかは別問題。

見た目の感動と使いやすさは異なる。
家族の性格によっても使い心地はまるで違う。
「ある」ことがバロメーターでなく、「本当に必要なのか」を考え、採用を決める事が大切だろう。

家に住むのは他でもない自分たち家族。
不特定多数の人から共感を呼ぶ必要はないのでは?

本当の価値観

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「ある」とか「ない」でははかることの出来ない価値観が存在する。
それは愛着だとか、いとおしさだとか、気持ちだとか、言葉では伝えにくい曖昧なもの。

でもその曖昧なものにこそ本質が隠されている。
上手く言葉では説明できなくたっていい。

『なんかいいな…。』

そんな感覚を抱ける物であり、家を手に入れることができれば幸せ。

家の形にとらわれる必要はない。
キッチンがあり、リビングがあり、ダイニングがある必要性もないのだ。

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リビングやダイニングという垣根を失くし、畳の間に家族が各々好きな体制でくつろぐのも悪くない。
パパは縁側でお茶を啜りながら新聞を読み、子供たちは畳の上ででんぐり返しではしゃぎ、ママは大好きな編み物でゆっくりとした時間を過ごす。

そして食事時になればちゃぶ台に集まる。
そんな幸せも今では少なくなったようで寂しい。

目に見えなく、言葉で表現しがたい曖昧な感覚。
これらは物や家ができた過程や、そこにいる人との関わりが大きく関係するのかもしれない。

たくさんポケットがついた機能的なリュックサックより、大切な人がつくってくれたボロボロのバッグを肩に掛けながら、大好きなママとのお出掛けが何よりも幸せな娘のように。

「ある」「ない」でははかれない

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どんなことでも「ある」「ない」ではない価値観で物事をはかれたら、幸せの感じ方も変わってくる。

手に入れられたから幸せ。
手に入れられなかったから不幸。

そうではない。
予算や土地の広さで叶えられなかった事も、それ以上の何かがあれば幸せを感じられる。

床暖房を採用できなかったが、こたつで家族が肩を寄せ合える冬が幸せ。

食洗機を採用できなかったが、夫婦でお皿を洗って拭いている時間に1日の出来事を話し合える時間が幸せ。

収納を多くとれなかったが、1つの物を大切に長く愛着を持って使える幸せ。

大きな家を建てられなかったが、家族の気配をいつでも感じられる幸せ。

各々の幸せが、いつの間にかこの家へのいとおしさに変わる日が訪れる。
どれだけ予算にゆとりがあっても幸せにはなれない。
手に入れたものを大切にできる方が、その人にも家族にも幸せなのではないだろうか。


おわりに

まわりの友人が良かったとしても、それが自分たち家族にも良いとは限らない。
人は生まれ育った環境が違えば、出会った人も、金銭的な余裕も、家族の性格も違う。

家という枠だけにとどまらない。
「ある」「ない」で幸福度が変わるわけではなく、そこに住まう家族によって幸福度が変わる。

私は大理石やシャンデリアが並ぶ豪華なホテルのような家より、月日が経つに連れ味を増す素材に囲まれた家で、そこについた傷を家族の成長と共に愛せる家が好き。

いつかは壊れ、より高性能なものが発売される機械設備がふんだんに採用された家より、今も老いた時も、変わらず残る家を家族と暮らしたい。


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